強さのみが正義ではない
カテゴリ: 麻雀
・強さは絶対的な価値ではない

マージャンマンにとって「麻雀の強さ」というのは何より大事です。しかしSNS(ツイッター)の発達した現代ではそれだけでは生きて行けません。麻雀の強さというのはあくまで評価軸の1つであって唯一無二の絶対的指標ではないからです。

・段位は魅力の1つ

例えば
「3000戦の安定段位が8.5だけどツイッターでちょいちょい暴言を吐く気性が荒い人」
「3000戦の安定段位が8.3だけどツイッターが面白くて優しい人」

だとどちらが魅力的でしょうか?これだと下の人を魅力的に感じる人が多いのではないでしょうか?SNSの発達する以前は観戦や牌譜などその人の情報が麻雀しかないことも多々ありました。しかし現代では多くの人がSNSを利用しておりプレイヤーは人柄も込みで評価されるというのが現状です。

・eスポーツ

ここしばらくで急速に広がっている感じのあるeスポーツ。ここの界隈のプレイヤーもそのような流れに巻き込まれています。すごくゲームが強いプレイヤーが配信やツイッターでの振る舞いを糾弾され謝罪に至ったり最強クラスでないプレイヤーでもしゃべりが面白かったりプレイスタイルが面白くてトップクラスの人気があったりもします。

しかしこれは最前線で戦っている人だけの話ではないと思うんですよね。ゲームが好きであればその話をしたいと思うのは当然ですしそしてそれを行うためには自分の周囲に人がいる必要がある。そしてそれが可能な時代となればその状況に我が身を置きたいと思うのが人情でしょう。

・段位の価値

天鳳の場合ここで自分の周りに人を集めるために全銀河系で共通して通用する魅力が「段位」になります。
八段、九段くらいになれば自分の話を聞いてくれる人も自然と増えてきます。しかしそれは魅力の一つであり絶対必要と言うわけでもありません。
段位が低くても面白い人や知名度の高い人の周りには人が集まりますしね。

例えば石原さとみが
「友達と久しぶりに麻雀やったんだけどこれ何切るの~~???」
と言えば「どう見ても3pしかないでしょ」のような何切るでも無限にリプライが来るでしょう。それは石原さとみに段位(麻雀の強さ)以外の魅力がたくさんあるからです。

ただそれと同様に段位が高いという魅力でも話を聞いてもらえる機会も増えていきます。ようは段位さえ高ければ誰しもが石原さとみになれるわけです。

※ここで勘違いして欲しくないことは「段位が全て」ということではなく「段位で解決できることもある」ということです。あくまで「段位は人を集めるための魅力(道具)の1つ」でとどめておくべきでそれ自体で優劣をつけようとすることは僕はあまり好きではありません。段位が高いことを誇るのは当然ですがそれで低い人を見下すようになるととそれはマイナスでしかありません。

・麻雀のゲーム性

麻雀はそのゲーム性のおかげで強さを判定しにくい部分があります。ゆえに独特な打ち筋だったりそれこそ普段の振る舞い、ツイッターなどの楽しさが打ち手の魅力に追加されやすいのではないかと思います。逆にこの部分があまり芳しくないとなるとそれこそ圧倒的な雀力がないと人を惹きつけることは難しい。

麻雀はプロが身内のリーグ戦だけをやったりアマチュアでも地元の雀荘の中だけで戦う時代は終わりを向かえつつあります。

プロの対局も様々な媒体で放送されますし個人のプレイヤーもネットや大会などの勝負の場も増え一部の人はセルフプロデュースまでしてしまうような時代です。今の時代ではいくら強くても「麻雀さえ強ければすべてが許される」が成立するとはとても思えません。ゲームを最大限楽しむ、あるいは高みに上るためには「強くなる」ことに加え自分が魅力的な打ち手になり人を惹きつけることが必要なのかもしれません。


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編集 / 2018.03.31 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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メカゼットン

Author:メカゼットン
健康麻雀の講師をやっています。天鳳十段だったこともありました。

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